知らぬが仏は間違い

昔から知らぬが仏ということばがある。おれはこれはいい言葉かと思うが
使い方を間違えればやはり今の時代そうはいかないだろう。たとえば困って
いる人を知らない顔して通るこれは見て見ぬふりというがこれも知らぬが
仏ならば保身ということになる。

おれはこんな身勝手な日本語は学校教育で教えることはするなといいたいし
今のガキがこんな言葉を教わったらろくでもないアホばかりが生まれるだけで
ある。

 

知らないことは罪である

 

船瀬氏は知らないことは罪である、知ろうとしないことは更に罪であると
よく言う。たしかにそうだろう。俺らはメディアの情報を鵜呑みにしている
のは言うまでもないがこれは本当に響くなと言えるものだ

考え方しだいではいろいろな使い方ができる。個人的にはいろいろなやり方
ができる。本当に知らぬが仏という言葉はあまり教育上わるいしこれは色々
な場面で使えば悪い部分しか出ないのでおれはおすすめしない。

 

知ることは仏

 

まだこっちのほうがいいだろう。知ることは仏。知らぬがほとけよりもましだし
個人的にはすっきりしている。やはり大切なのは何かをしっかりとしたほうがいい
し個人的にはやはりおれ自身はいろいろな観点をもっていくべきだろうなと思う
しかし今の時代だからこそ言いたいのは個人的には知ることは大事である。

知は力なりというがまさにその通りではないか。おれはそう思うしあなたはどう
思うかは分からないにしてもやはりいろいろな意味でも知識と行動は意味あるもの
にしたいものだ。とにかく知らぬが仏はあまりいい言葉ではないのでおれは使わな
い事にしている。

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